入荷数が大変少ない。インポーター「ラシーヌ」の合田さんが太鼓判を押すワインです。
ベルギーの著名な写真家ベルナール・ファン・ベルグは、長年ブルゴーニュを取材に訪れて同地のワインをこよなく愛するようになり、2001年にムルソーの村に小さな家と畑を買い求め、馬で耕しながらヴィニュロン生活を楽しみはじめました。
2003年がファースト・ヴィンテージで、収穫量は15-20hl/haと極少。格付けは《ブルゴーニュ・グラン・オルディネール》ですが、純粋な味わいの中に深さと暖かさを感じさせる優品です。
ただし、表ラベルには呼称表記すらなく、「ル・サン・ルージュ・ド・ラ・テール」(大地の赤い血)とだけ記され、「ベルナールが造るブルゴーニュ・ルージュと覚えてもらえればいい」と本人は割り切っています。
畑の選び方と立地に、まず彼の戦略と個性が現れています。
隣人と接していない独立した区画であるため、ムルソー周辺にある1.8haの自社畑は、隣人による農薬散布の影響を受けず、庭を手入れするように畑は大切に栽培されています。
収量だけでなく生産量もまた極端に少ないために値段は高くならざるをえず、お手ごろな実力派のワインとは一線を画しています。繰り返すまでもなく、アペラシオンは単なるブルゴーニュ・グラン・オルディネールなのです。正気の沙汰ではないと思われるかもしれませんが、私はこういう生産者の生き方にも共鳴できるところがあります。骨のある考え方に裏打ちされた、雑念をまじえず
にゆくりなく楽しめるワインと向かいあってみてください。ブルゴーニュに失望続きの私を少し驚かせてくれたワインです。
ブルゴーニュ・ワイン : ピノ・ノワール界の模索と混迷のなかでかつて私には、ピノ・ノワールの味わいについて長い間自問自答を繰り返していた時期がありました。当時はロマネ・コンティ、ルロワ、アルマン・ルソーほか数人の造り手と、次のクラスの造り手とのあいだで、実力の差が大きく開いていた時代でした。
時は変じ、最上の造り手に限られていた(低収量、無清澄・ノン・フィルターでビン詰めする上質なワイン造り)は、いまやブルゴーニュ中で当たり前になりました。この間に、様々なテクニックを駆使して、本来のピノ・ノワールの醸造法では得られないような濃醇でハイ・ローストの新樽の味わいの強いピノ・ノワールが登場したかたわらで、ドメーヌ・プリューレ・ロックを初めとするヴァン・ナチュール生産者が優れたワインを造り始め、色は薄いけれども、エキスの深いピノ・ノワールを世に出すようになりました。
最近の歓迎すべきニュースは、ブルゴーニュでも有機農法による栽培を実践する造り手が急速に増えてきたことです。さらに、馬で耕作する造り手も現れてきました。栽培方法が変わってきた理由は、フランスとわけても日本の市場に勇気づけられた新世代の造り手たち(ディーヴ・ブテイユや、ニコラ・ジョリー率いるルネッサンス・デ・ラペラシオン・グループのメンバー)のダイナミックな動きによって、「ヴァン・ナチュールの考え」に賛同はしないまでも、まちがいなく大きな影響を受けたせいでしょう。「タニックで極端に濃い味わい」と「色は薄いけれど、エキスの深い」二つのピノ・ノワールの極端に異なるスタイルが同時進行するはざまで、この10年間、30代・40代の「考える造り手たち」は、ブルゴーニュのピノ・ノワールはかくあるべきという姿を探し求め、大きく揺れ動いています。
最近のブルゴーニュ・ワインの値段は高くなる一方です。
他のアペラシオンや他国の実力派ワインの価格を考えれば、「異常なほどの高価格」になってしまいました。なのにこの地で、それほど心惹かれるワインに出会えないのも現実です。
ピノ・ノワールの聖地ブルゴーニュで、高貴でフィネスにあふれ、クラシックな味わいの中にみじんの野暮ったさもなく、暖かさと奥底からたちのぼる核になる味わいに支えられた至上のピノ・ノワールを手がける新世代が、そろそろ登場してくれることを望むばかりです。
このようなことを考えながら、最近の私は「誰か、ビーズ・ルロワほどすごみがなくてもいいから、別タイプの個性的なおいしいワインを造らないかな」と、ブルゴーニュ探訪を続けています。
そういう旅路のなかで、新着の「ベルナール・ファン・ベルグ」は失望続きの私の渇きを癒してくれたワインです。
〜以上インポーター資料より抜粋〜 |